節分にまつわる「鬼」のはなし~「国常立尊(クニトコタチノミコト)」詣での奨め

節分にまつわる「鬼」のはなし~「国常立尊(クニトコタチノミコト)」詣での奨め

豆まきは旧暦の新年を迎えるための大祓いの儀式

節分にまつわる「鬼」のはなし

2月4日の立春を境に季節が春に移り変わります。
その前日、2月3日は節分です。節分は本来、季節を分けるという意味において春夏秋冬、一年間に4回あるべきものですが、現在では旧暦での新年が始まる日(立春/2月4日)の前日のみが節分の風習として残っています。
節分(2月3日)は旧暦の大晦日(おおみそか)にあたるので、大祓いという意味合いから、禍(わざわい)を払って福を呼び込むために「豆まき」が行われます。季節の変わり目に、厄介事や邪気を払い、福を呼び込む儀式です。

そのため、邪気を払い、福を呼び込むために、私たちは「鬼は~そと~」「福は~うち~」というかけ声とともに、当たり前のように、何の疑いもなく、豆まきを行っていますが・・・。

鬼は本当は福をもたらす存在

節分にまつわる「鬼」のはなし

鬼は一般的には、怖い存在で災いや厄介をもたらすものとして理解されています。しかし、日本には鬼を守り神として信仰している地方もあり、「鬼瓦(おにがわら)」や秋田県の「ナマハゲ」など、「鬼」を味方につけて、その怖い形相で厄を払ってもらい、福を得るという風習も存在します。実際に、古来より「鬼はうち~」「福はうち~」と言って豆まきを行うエリアもあるほどです。鬼も福もどちらも福をもたらすと信じられているからです。

このように、本来、鬼は「恐ろしい怪物」であると同時に「幸せをもたらす、強い守り神」という面も持っているのではないでしょうか。鬼の他にも、たとえば「不動明王」や沖縄の「シーサー」など、憤怒顔の怖い形相の神様が厄払いの強いパワーを持っているケースも多く見受けられます。

因みに、成田山新勝寺や浅草寺では、「鬼は外」は言わないで「福は内」のみの発声で豆まきを行っています。この2つのお寺では、不動明王や観音様の前では鬼すらも改心するので、祓う必要はないという考えのようです。

 鬼の角(つの)は天からのエネルギーを受信するためのアンテナ⁉

節分にまつわる「鬼」のはなし

「おに」という言葉の語源は「おぬ(隠)」であると推測されています。「おぬ」・・・つまり、「いない」「姿の見えない」「この世のモノではない」という意味を持ちます。山岳信仰で有名な奈良県のあるエリアにおいては、「超能力をもっている」人たちの事を「鬼」と恐れ、差別したという歴史もあるようですが、この人たちは今の世なら、「ヒーラー」や「チャネラー」として『師』と仰がれ、良い意味で注目を集めていたに違いないでしょう。

 鬼には角(つの)が生えていますね。実は、鬼の「角」はアンテナの働きをするものなのです。尖っているものはどんなものでも受信力を持ちます。例えば、仏塔、ピラミッド、水晶の原石、屋根などです。天然石ではルチルクォーツと呼ばれる針水晶の針の部分です。これらは、エネルギーの受信を容易にできる尖った形です。一角獣のユニコーンも同じことかもしれません。アンテナが受信力の高さ、つまりパワーを表しているのです。

花嫁衣裳の角隠しも、女性のパワーを閉じ込めるための風習⁉

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豆まき以外にも、例えば、和装の花嫁衣裳の場合、花嫁さんは角隠しをかぶりますね。白無垢の花嫁さんはとても美しいものですが・・・これも女性の角=アンテナ(エネルギー受信力や直観力)を隠し封印して、男性優位(男尊女卑、権力)社会実現のための仕掛けではなかったのか・・・?と疑いたくなります。

一般的に女性の方が男性より右脳が発達しているために、宇宙や神仏、自然界と通じる能力も高く、それゆえ、この世の本来あるべき在り方を感じ取る力や天からの智慧などを受け取る力が高いものがあります。

角隠しは、男性優位社会の中での女性にパワー(フォース)を持たせないための仕掛けであったとも考えられます。

豆まきは鬼を封印するためのマジックであったかも⁉

節分にまつわる「鬼」のはなし

鬼は「陰陽道」においては丑寅(うしとら)を意味しますが、丑寅とは方角においては「北東」、つまり、「鬼門」にあたります。どおりで鬼は「牛の角」と「虎の牙と爪」を持ち、「虎皮のパンツ」をはいていますね。「鬼門(きもん)」は鬼が出入りする良くない方角と忌嫌われてきました。それゆえ、節分の豆まきでは「悪い鬼は外」と日本人は信じて疑わずに、「鬼」を封印して来たのです。
ここに「マジック」が働いています。鬼を遠ざけることで、邪気を祓い幸せをもたらす存在を敢えて封印してきたということになるわけです。

では、なぜわざわざ鬼を封印する必要があったのでしょうか?

それは、だれかが意図的に封印したというよりは、自然の摂理の中でそうなってしまったという説明が正しいでしょう。
なぜならば、世の中が再生するために、世の中を破壊する(世を荒廃させて乱す)というサイクルの中に時代があったからです。角隠しも豆まきと同様の理由からです。

 丑寅の方角に封印されていた鬼は「国常立尊(クニトコタチノミコト)」

節分にまつわる「鬼」のはなし

では、封印されている「鬼」とは何なのでしょうか?
鬼とされているのは「古事記」にも「日本書紀」にも登場する、天地開闢(てんちかいびゃく)の折に現れた根源神、「国常立尊(クニトコタチノミコト)」であるという見方があります。
「国常立尊」は、泥海の状態にあった地球の天地を、修理して固めて、地球の基礎を創りました。それゆえ「日本の国土創生の神」とも言われています。「日本書紀」では、国常立尊は最初に現れた神で、「純男」・・・陽気のみを受けて生まれた神で、全く陰気を受けない「純粋な男神」とされています。

節分にまつわる「鬼」のはなし

ところがこの「国常立尊」は長きに渡り、丑寅の方角に「鬼」よばわりされて封印されていたという説があります。

「鬼」は音読みすると「キ」ですが、カタカナの「キ」は「黄」や「氣」、つまり太陽の色やエネルギーを象徴します。

実のところ「鬼」はパワーの大きな、エネルギーの高い、陽氣の強い、純粋で太陽のような「国常立尊」的存在なのかもしれません。

豆まきの風習も手伝い、日本人みんなで、知らず知らずのうちに純粋な男神である「国常立尊」を鬼と忌み嫌い、封印して来たという事になります。 この神が封印された事により、世の中には陰気が蔓延し、世は更に乱れました。

ですが、この国常立尊が再び世の中に現れた時、世の建て直しが起こると予言されています。

国常立尊の再来と共に世の建て直しが起こり、純粋な陽氣が満ち溢れている日本国家が実現するというシナリオです。

そして・・・東日本大震災の起こった後、国常立尊の封印は説かれ、東日本(日本列島における丑寅=北東)に国常立尊が再び降臨し、東日本の復興を手伝ったとのことです。現在、東北地方は以前にも増して光が増しています。それは、純粋な「陽氣」が日本国に蔓延し始めたということでもあります。

世の建て直しは本格的に始まりました。

世の建て直しとは、日本のカラーを赤から金に変化させること?

純粋な陽氣は赤ではなく、金で象徴されるのかもしれません

日章旗(太陽がモチーフの国旗)が表現するように、本来の日本国は純粋な陽氣が満ち溢れている国である筈です。
現在の日章旗は白地に赤丸ですが、古くは赤地に金丸でした。

文武天皇(683年~707年)以来、平安時代末期頃までは「日輪」は「赤地に金丸」で描かれていました。
古代においても太陽を赤い真円で太陽を表すことは一般的ではなく、高松塚古墳、キトラ古墳に描かれている日象は金色です。日章旗が赤丸に変わったのは、平安時代の末期。
源平合戦で政権側の平氏が「赤地に金丸」を使用していたのに対し、源氏は「白地に赤丸」の旗を使用しており、源氏が勝利したので「白地に赤丸」が天下統一の象徴となり、それ以来現在に至るまで、日章旗は白地に赤丸のまま継承されています。

国常立尊は「艮の金神(うしとらのこんじん)」とも呼ばれます(日月神示)

国常立尊は日本の国土の神様。そして純粋な陽氣の神様です。
国常立尊は『日月神示(ひつきしんじ)』という書の中では、「艮の金神(うしとらのこんじん)」と表現されています。丑寅の方角におられる(又は封印されている)金色の神様という意味です。

日月神示(ひつきしんじ、ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(1887年~1963年)に「国常立尊」を中心とした複数の神霊達によって降ろされた神示で、自動書記によって記述したとされる文書です。

「日月神示」には現代の世に活かされるべき様々な智慧などが記述されていますが、この書が予言書とも呼ばれるように、現代社会の有り様が見事に予言されております。そして、中でも印象に残るのは「世の中の九分九厘が悪神の天下になったときに、最後の一厘で神業が発動され、大どんでん返しがおこり、世の建て替え建て直しが一気に始まる」という記述です。この「神一厘の仕組み」が発動されたのちに、この世の大変革が起こり、世の中が建て直され「ミロクの世」に変わるという予言です。

岡本天命にこの神示が下りたのが1944年、つまり終戦間際の時代です。「日月神示」の解読は非常に難解であるうえ、神示にはこの時代のフィルターがかかっていますので、「日月神示」の解釈本を読んでみても、いささか解釈の言葉や文体に古さを感じます。「悪神の天下になったときに」という表現は、「悪心を持つ人々の天下になったときに」と置き換えた方がわかりやすいかもしれません。「自分や自国の利益の追求のためには、他者や他国、地球を潰しても良い」と考えている人々や国家の代表がのさばっている時代、と考えても良いと思います。

しかし、そんな「悪神天下」の時代もそろそろ終焉を迎えます。
世の建て直しが音を立てて猛スピードで進んでいくことでしょう。

あなた自身の建て直しのためにも「国常立尊」詣でを!!

2020年は地の時代の最終章。本格的な風の時代(水瓶座)に入る前に最終的な地固めが必須となる年です。
2020年の12月後半に地球上では元素の切り替え(地⇒風)が起こります。
地固めができていないと、風の時代に入ってから漂うことになってしまいます。
一人一人が地固め、つまり強固なグラウンディングをすることが何よりも重要な課題となります。

しっかりとした地固めができていないと建て直しはできません。
日本国の建て直しの一端を担うためにも、グラウンディングのエネルギーと純粋な陽のエネルギーを授かりに「
国常立尊」詣でにお出かけになってみてはいかがでしょうか?

※水瓶座の時代(アクエリアスエイジ)の次期については諸説ありますが、2000年に一度の切り替えで魚座(支配)から水瓶座(公平)の時代に移行したのは西暦2000年。2000年から4000年までが水瓶座の時代になります。その中にあって、2000年~2020年は魚座から水瓶座時代への移行期にあたる時期で「地」のエレメントを持つ時代です。

【参考】「国常立尊(クニトコタチノミコト)」を祀る神社


この記事は2013年1月に掲載したものをリライトしたものです。

関連コラム「日本人のこと」(2012年掲載)

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